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TOEICで高得点を取る意味(伝統的日本企業編) 第1回

geralt / Pixabay

TOEICとは、その変遷を振り返ってみる

さて、皆さん、TOEICを受けたことはありますでしょうか?

TOEICとは、ETSという米国の団体が運営していて、主に英語を第2言語として扱う人々の英語能力を測るために作られた試験です。

と、実は今HPをちょっと見てみたのですが、TOEICって1977年に日本(日本人)が主体となってETSTOEFLも開発している団体)に開発を依頼して、2年の月日を経て、1979年に第一回テストが札幌、東京、名古屋、大阪、福岡で実施されたそうです。

へー、これは全然知らなかったですね、てっきり米国で開発されて世界にというか、何らかの拍子でアジアに広まったんだと思ってました。当時の人々は、こんなテストをアメリカに頼んで作るなんてダイナミックな外注をしたもんですね。

そして、今受験者数は伸びに伸び、年間240万人!、何だかすごい人数な気がしますが、英検を調べてみると、英検の受験者も結構多いんですね。5級30万人、444万人、365万人、準二級52万人、231万人、準1級以上10万人ですから、全部足しあげると、これも200万以上いますもんね。どちらも重複(TOEICは年に何度も受けられる、英検も同様)があるので、unique applicantで考えたらもしかすると半分くらいなのでしょうから、それでも100万人。

例えば、日商簿記の3/2級合わせても、年間受験者が60万人いかないくらいですから、どれだけ社会に浸透しているかわかります。

でですね、このTOEICですけど、僕が会社に入った10数年前でも、ブームと言わんばかりにその重要性が喧伝されていました。つまり、それだけ長い期間ビジネス界の人間は、TOEICは重要だぞ、と考えているわけです。(じゃないと、書店の棚をあんなにも多くのTOEIC参考書が埋め尽くすわけもないです)

だからといって、「ok、それだけ重要だと考えられているなら、とりあえずやったろうじゃないか」、と実際に行動する前に、そもそも何のためにTOEICなんて勉強する必要があるんだっけ?と、立ち止まって考えみます。

なぜTOEICを多くの人が受けているのか

何のためにTOEICを勉強するのか、と聞かれると、そりゃ英語がうまくなるためだよ、と多くの人は答えるでしょう。そして、なぜ英語がうまくなる必要があるんでしょう、というと、幾つかの回答に分かれるのではないかと思います。

人によっては、海外留学するため、仕事で使うから、就職・転職で有利だから、などなど、色々ありますが、煎じ詰めれば、グローバリゼーションにより各国の距離が近くなった結果、島国の日本の中に住んでいても、グローバル社会で共通とされている言語「英語」に触れる仕事が世の中に増えてきたから、といえるでしょう。

この数十年間の技術・社会の発展に伴い、各国間の輸入・輸出の総量は増え、インターネットにより情報は一瞬で世界の太宗に共有されるようになりました。資本主義経済における成功とは、自由競争下でいかに金を稼げるか、に集約されるので、モノとアイデアを最も多くの人に伝えられる英語はやっぱり便利、ということで、今や横に並ぶ言語がないくらいuniversal languageとしての地位を固めたのだと思います。

ところで、もし僕が英語以外の言語を学ぶことになれば、中国語か、スペイン語を勉強します。中国語を学びたい理由は、中国語を理解した上で、中国人の友達と中国を観光したら、これは信じられないくらい面白い旅になるな、と確信しているからです。というのも、アメリカの大学院で勉強していた時に、一度だけ北京、上海と中国人の友達と行ったことがあるのですね。いうまでもなく、僕は中国語なんて全然話せなくて、中国人の友達におんぶに抱っこだったんですけど、その中国人の友達が現地の人たちとコミュニケーションをとっているのをみて、なんと羨ましいと思ったことか!例えば、お土産やさんとかの値付けも全て交渉次第で、もうなんだってありなんですよね。新幹線のチケットを買う時も、なぜか窓口の人と交渉して、売り切れてたチケットをなぜか買えたりとか、少し田舎のバス停でオバさんに話しかけられた時とか、あーコミュニケーション取れたら、この国って本当に面白いんだろうな、って単純に思いました。所詮は、visitorの意見なのかもしれませんけど、とても仲の良い友達とその友達の母国語でコミュニケーションとりたい、というのもありますし、リタイア後は留学でもして中国語を学ぶ事間違いないでしょう。

次に、学びたいのが、スペイン語ですね。スペインに興味があるというよりは、僕はメキシコというか、中南米に興味があります。これも留学中に、2回くらいメキシコに行く機会があって、行く前は散々殺されるだの、脅されたんですけど、まあ住んでいる人も優しいし、明るいし、ルチャリブレも面白いし、ご飯も美味しいし、で最高でした。これだけエネルギーに溢れた人々・街があるのに、自分はせいぜい英語しか話せない、というのは、とても残念に思いました。他にもペルーやパナマ、中南米に行って色々な人と交流したいな、と思いましたので、スペイン語も中国語の次に学びたいですね。

本題に戻りまして、資本主義経済のuniversal languageが英語であり、日本も一応は資本主義経済の一部に組み込まれているわけで、グローバル化の波は着々と飲み込まれる中で、そりゃ英語を使用する職業や仕事も多くなるに決まっていますよね。煎じ詰めれば、日本でも英語が金を稼ぐための職に就くための重要スキルとなるにつれ、主にビジネスパーソンの英語能力を示す指標としてデファクトスタンダードとしての地位を築いたということでしょう。

こうした時代背景に加えて、以下の述べるようなTOEICの仕組みもビジネスパーソンへの浸透に有利に働いたのではないかと思います。具体的には、競合である英検に比べてわかりやすく(点数の高い低いで決まり、レベルが分かれていない)、運営団体がETSであり、外モノに弱い日本人としても、「英語を母国語としている先進国(それも日本が目指すべきとされていた米国)が作っているのだから、日本国内の英検よりは良いもの」だろ、という類推も働きやすかったのではないでしょうか。

さらに言えば、英検は、上級になるにつれて面接、ライティングが必須となり、話す、書く、という点でごまかしがきかなくなります。その一方、TOEICは、リスニングとリーディングだけですので、話す、聞く、は評価されません。にもかかわらず、TOEICと英検は同じくらいか、もしかすると英検以上の信頼性を持つ「英語能力」の指標として鎮座しています。

そうすると、同じくらいの肩書きとしての効果を持つのに、TOEICで高得点を取るのに必要な時間は英検1級の数分の1、なんてことが起こります。

そりゃ、合理的な人間は、手っ取り早く資格の旨みだけをゲットしたいし、一般的には日本人が苦手としている「話す」、「書く」を端折れるなら、英検よりTOEICを受けたい、と思いますよね。

1点、TOEICの短所を述べるとすると、それは点数の有効期限が示されているということなんですが、ただ、これもですね、TOEICの場合は、プラスにワークしてると思うのですよね。

例えば、10年前に英検1級取りました、って人と、2年以内のTOEIC900点、という場合、どちらの英語力を信頼するか、といえば、まあ後者なんじゃないでしょうか。TOEICの点数は、表示されている限り、フレッシュな印象を与え、英検はある意味では過去最高到達点を示すイメージがあります。そりゃ、2年ごとに既に取得した級を取り直す人はいませんもんね。手間もお金もかかるし。そうすると、英検はずーっと有効で、TOEIC2年間だけ有効、そりゃ今この人を採用するんだから、フレッシュな指標の方がいいよね!ということで、TOEIC重視なんて現象が起こっているんではないかと思います。本当は、その資格の内容を精査して、どちらの資格の保有者が実際に現場で使えるのか、を中心に判断すべきだと思うのですが、そうはならない。既に確立された地位にあるTOEICについては、そうしたそもそも論を言い出しては、今までかけたコストとかそれを推し進めた人を非難して放逐しなければならない等の、多大なコストがかかるので、抜本的解決をせずに、今のままで「当面は問題はないし」ということで、痛みを先送りにして見てみないふりをする。(まるで、日本の年金問題のようなものですが笑)

いずれにせよ、TOEICがここまで市民権を得て、浸透するには、グローバル化が進行するという時代背景に加え、これらのTOEICが日本のビジネスパーソンに受け入れるための素地を備えていた、ということです。

では、TOEICが必要だとして、特に伝統的な日本企業で、一体なぜこれで高得点を取る必要があるんでしょうか。

この理由を、人事部の人事権の掌握、伝統的日本企業における英語力を必要とする仕事の捉えられ方、スキルの蓄積、の3つの観点から考えてみました。

以下、一つずつ論じたいと思います。

人事部の人事権の掌握

一つ目は、人事部の人事権の掌握、の観点から、なぜTOEICで高得点を取る必要があるかを考えてみます。人事部の人事権の掌握、と書きましたが、これを説明する前に、伝統的日本企業と欧米企業の人事部の役割について、理解する必要があります。

伝統的日本企業においては、人事部は本店枢要部門です。例えば、現在東証一部上場企業の役員のキャリアを見てみると、十人いるうちの最低でも数人は一度は人事部を経由しています。

それは、なぜかというと、伝統的な日本企業においては、現場ではなくて人事部が人事権を握っているんですね。もちろん、パワーのある役員のプッシュで、人事が決まることもゼロではないですよ、でも、プッシュをもってしてようやく役員レベルの意向が人事に反映されるということは、大抵は人事部が決めた人事が決定事項として組織の人事が決まってしまうということです。現場の意見が人事に反映されることは少ない。

伝統的日本企業で働く自分としても、それは強く実感しますね。だって、明らかに持っているスキルセットと必要なスキルセットが違う人が配属されたりしますし、明らかに天職といわれるくらい今の部門に馴染んでいたのに、全く関係ない部門に異動になりそのまま出世戦線から外れる人を何人も見てきましたから。

専門が違えば、実際問題、必要とされる知識もスキルも大きく違うし、それってどの業界でも同じなんだと思います。金融で言えば、まず、フロント、ミドル、バックで必要とされるスキルは大きく違います。

バックでは、即断即決は求められない一方、コンプライアンスや決済処理等、時間をかけた精緻な判断が求められる。ミドルでは、判断の裏は常に数値、強固なエビデンスに裏打ちされた論理が必要、フロントでは、市場のトレンドをとらまえた適時の判断がなにより重要、といったように、求められるスキルが全然違います。

にもかかわらず、配属される人間のスキルセットは、本来必要とされるスキルセットとは懸け離れているケースがままある。これは、人事権が人事部ではなく、現場のマネージャーがもっていたら、こうはならないと思うのですね。現場のマネージャーって、とても大変で、上からは目標を押し付けられ、給料は成果報酬じゃないにもかかわらず、期間内に成果を達成出来なないと激詰めされる。普通なら、そんな状況で、求められているスキルセットと大きく違う人は雇わないでしょう。だって、そんなのっぴきならない状況下で、人を育てる余裕なんてないんだから、すぐできる即戦力に来て欲しい。それが現場のマネージャーの本心なはずです。でも、送られてくるのは、ちょっとどころか、大きくピントのずれた人材だったりする。(もちろん、ぴったりの人材もいますが、そうじゃない人もいるという意味です)

それって、つまるところは、人事部が人材採用にあたっては、大きな権限を持っていて、中央集権的に各部に人を配置することができるということなのです。日本の中央集権構造と同じで、中央から押しつけられたひも付予算は必ずしも、地方で必要とされているものに使えるわけではない。

ただ、人事部と言っても、人事部にいる人材が英語力の有無を判断できるだけの力を自ら有していれば、別に盲目的にTOEICの点数に頼って、英語ができるできないを判断する必要はなく、端的に英語の面接を一発かませるだけで、英語力なんてすぐにわかります。

でも、多くの伝統的な日本企業で、英語面接は新卒も中途も含めて実施されない。それはなぜか、考えてみたのですが、人事部にいる上の人(部長以上)たちは、実際のところ、どれだけ現場で英語が必要とされているか、あまり理解していないように思うのですね。

英語英語、言われてるから、ポーズで英語力も見てるけど、「俺が採用するのは、英語力云々じゃなくて、俺の目に適ったやつだ、そこには英語力なんて関係ない、俺が認めるかどうかだ」的な。

いや、僕は、そうした考えは嫌いじゃないし、俺が決める、的なスタンスが、ピタッとはまるケースもゼロではないと思いますが、やはり、現場のニーズとはどうしても少しずれた人材が採用されてしまうケースがでてくる、という点は否めないのかなと思います。

で、実際に英語を現場で使っていない中枢部門の上の人間が、実質的な決定権を持っているものですから、英語力の本質を見抜くというところを離れて、TOEICというお手軽な指標を錦の御旗に「こいつは英語力okです、なぜならTOEICxxx点だから」、というふうに使われているのだと思います。

たとえかなり英語力がある人間が人事部の上の方にいたとしても、やはり拠り所はTOEICの点数に委ねるのが、伝統的日本企業の人事部でしょうね、なぜなら、自分が判断して結果間違っていたら詰め腹を切らされるのは目に見えていますからね。「私は英語力なんて判断していないですよ、TOEIC900と書いていれば、そりゃできると思うのが普通でしょう」というほうが、「私が面接して彼の英語力は問題ないと判断します」というより簡単です。簡単というのは責任の所在を曖昧にする事ができるということです。何も、出世コースである人事部にいるのに、そこまでリスクをとって、人の英語力を判断する必要なんてありません。僕だって、そうした立場にいたら、そんなリスク取らないと思いますよ。何が悲しくて、そんな男気一本でリスク犯す必要があるんだ、という話です。特になんのメリットもないのに。

つまりは、TOEICの点数云々=英語力、とすることが、そこでは理にかなったやり方なのです。

ゆえに、まず人事部に評価されるには、TOEICの点数は高いに越した事はない、彼らが責任を取る事なく、上に上げる事ができる客観的指標が、TOEICの点数なのだから、英語力をアピールしたいのであれば、実際のスピーチやライティング能力よりも、その点数を底上げするべき、ということになります。

というわけで、人事部の強い人事権が、TOEICへの信奉性をより強めている、ということでした。欧米企業では、英語ができるのが前提なので、まあ基本的にはこういうことは起こりませんよね。TOEICの点数がそれほど高くなくても、留学先で行ったアクションの実質を評価するとか、もう少し多角的に見ています。もちろん、特に中途面接では、英語での面接もあるところも多いです。なので、そういう意味では、外資を受ける場合で、英語での面接に自信のある人は、中途半端なTOEICのスコアを表示するよりは、あえて隠して、英語は問題ないですよ、と涼しい顔で言い、TOEICも受けたら900点くらい取れると思います、とこれまた涼しい顔で言い、難なく英語面接を突破するくらいの余裕を見せたほうがプラスに働くと思います。もちろん、その場合は、英語面接は相当うまくこなせる、といった実力があってこそですが。

いずれにせよ、伝統的な日本企業では、人事部が前面に出て採用活動を行い、doneするのは人事部の上の人たちが多いのだから、彼らが英語力を判断する指標がTOEICである以上、TOEICは高得点であるに越したことはない、ということです。これがまず1点目です。

長くなってしまったので、残り2点は次回以降に。。。