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TOEICで高得点を取る意味 補足

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前回のおさらい

前回までは伝統的日本企業でTOEICで高得点を取る理由を長々と論じました。

簡単におさらいしてみると、以下3つの理由でした。

・若手の人事異動は基本的には人事部が一括して恣意的に決めるのだから、彼らが判断しやすい指標で高得点を取らないと、英語が関連する仕事には携われない、従ってTOEICで高得点を取るべき。

・伝統的日本企業では、日本語のみ使う国内主要市場に関わる仕事は出世にはプラスに働くが、会社のDNAと密接に絡みついており、構造的に官僚的、箸の上げ下げまで口を出されるにもかかわらず、それを嬉々としてこなす人間も多く、所謂レッドオーシャン市場である一方、英語力を必要とする仕事は、良い意味で丸投げされ易く自分のやり方でケツ持ちも自分でしてという形で進めやすい、したがって、そうした仕事に携わるためには、やはりTOEICで高得点を取るべき。

・英語は仕事をしながら社外スキルを育てられる数少ないsubjectの一つであり、英語に携わる仕事につけないことは、社外スキルを培うスキルを一つ失うことを意味する。したがって、英語に関連する仕事につくためにも、TOEICの点数は高得点を取るべき。

で、前回言葉足らずだった点について、少し補足します。

社内スキルがつかない理由とは?

社外スキルと社内スキルで、普通に働いていると社内スキルはつくが、中々社外スキルはつきにくいとお話ししましたが、これは少し誤解を招く言い方でした。直裁的に言えば、社外スキルはつきにくいどころか、「できるだけつかないようにする仕組みが伝統的日本企業には存在する」と考えて良いです。

できるだけ社外スキルがつかないようにする仕組みというのは、以下2点からなります。

ジョブローテーション、年功序列制度、です。

みなさんお馴染みに仕組みですよね。

3年間である分野のプロになれるのか

では、ジョブローテションからご説明します。

ジョブローテーションとは、一定期間内に強制的に移動を行い、キャリアの継続性を一旦遮断する仕組みです。

これは、ほぼすべての伝統的日本企業であれば見られる慣習です。

その建前は「人それぞれ強み、弱みがあるでしょう。大学卒業時点で、それを認識している人はそれほど多くないし、自分自身もよくわかっていない中で、やりたいことを決め打ちするのは危険です。会社としても、様々な分野で様々な事業に触れるなかで、自分が最も得意な分野を見つけていってほしいと思っています。ゆえに、必ずしも希望通りにならないかもしれませんが、一旦は会社にゆだねてみませんか、なぁに一生なんて言いません、入社後の相当期間だけですし、その間に自分の得意分野を見つけてもらえれば、それで御の字です。だから、ジョブローテーションシステムってのは専門職採用と違って本当に優れたシステムなのですよ。」です。

上の建前は、もうことあるごとに、就職活動中から聞きましたし、未だに聞くことがありますね。

しかし、建前は建前、本音は違って、「希望通りの部門に異動させて、バリバリ働かれ、その分野に長くい続けさせてしまうと、当該分野では、他の会社でも通用してしまうくらいの社外スキルがついてしまう。何年もコストをかけて育てた挙句、途中でやめられてほかに抜けられると困る。適度にローテーションさせて、社外スキルをつかなくさせるが、社内スキルさえ身につけていれば出世には不利に働かないようにしたほうが、優秀な人材は残るだろう。元より、採用時点から空気を読む従順な人材を取っているわけだから、例え社外スキルがつかなくとも、出世の色を匂わせている限り文句は言わないに違いない。そうして10年も経てば、もう外では通用しない人間になっていて、それなりに社内のポジションも上がってくる、そうすればしめたもの、会社に最後まで尽くす人材の出来上がりだ、しめしめ。専門性のある仕事は中途入社の外様にやらせれば良い。なんて、便利なシステムだことよ、viva ジョブローテーションシステム!」

、というのは少し言い過ぎですが(笑)、本心としては、そういうことで、一種の囲い込みの一環ですね。

実際問題ですね、優秀な連中に途中で抜けられると、伝統的日本企業は持たないのですよね。でも、給料を上げたり、ポジションを上げたりは、優秀だからといってできない、なぜなら、年功序列ですから、そういう大抜擢は構造的に難しいのです。そうなると、優秀な人間に社外スキルをつけさせずに、且つ、いかに気持ちよく会社で働いてもらうかをどう実現するかを考えるようになります。その結果が、ジョブローテーションシステムで、普通に働いている限りは、社外スキルはなかなかつかないんだけれども、社内の出世には特に響かないし、むしろ社外スキルがつかない部門(人材、総務、秘書、等々)が出世部門だったりするわけです。かくして、優秀な人材がそうした部門に配属されても、落胆するどころか、「やった、俺はまだ(出世コースから)外れてない!」と、嬉々として喜ぶ、という。。

この辺りを深入りすると収拾がつかなくなるので、次の機会にお任せしますが、僕が伝えたいことは、構造的に、社外スキルを社員につけさせると、他に逃げることになるから、特に若手が騙されがちな綺麗な建前を前面に出して、ジョブローテーションを正当化する理由を与えてあげる、というわけです。

まずは、このジョブローテーションシステムにとらわれている限りは、社外スキルはつきにくい、ということでした。

あとの1つは、さらっといきましょう。

年功序列制度、丁稚期間の長期化

年功序列制度がなぜ社外スキルをつけさせない仕組みの1つなのか、というとその原理は非常にシンプルです。

年功序列とは、2つの意味で伝統的日本企業に蔓延していて、1つは給料、1つはポジションです。で、入った当初はヒエラルキーの最下層からスタートするんですけど、ここからそれなりの仕事を与えられて、社外でも評価されるような仕事をするには、結構な時間がかかるのですね。1つ1つ階段を登っていかなければならないので。それこそ、最初は議事録とったり、コピーとったり、先輩の代わりにエクセルシートに数字を入力したり、本当に末端の仕事にしか携わらせてもらえない。

実のところを言うと、新卒そこそこでもですね、半年くらい働いてセンスの良い人であれば、平気で5年目とか、10年目くらいの人と同じくらいのかそれ以上の能力を発揮する、というのはありえるのです。でも、同じ部門に3年目の人とか、先輩がいる限りは、その先輩より高度な仕事は余程のことがないと与えられない。(なぜなら、年功序列が前提だからです)

組織として、これほど非効率なリソース配分の仕方もなかろうと、思うのですが、こうした非効率があっても、まあ毎日会社は回っていて、そこそこの利益を上げられる(or 致命的な事態に直面しない)こともあり、この制度をドラスティックに変えようという試みは現場からは出てこないのです。もっといえば、現場の上の人からして見れば、優秀な丁稚がいなくなると実際困る、というのもあります。

「いやいや、実力ベースで仕事与えるなんてナマ言ってるんじゃないよ、会社には順序ってものがあるんだよ、まずは下仕事を一定期間やって先輩の仕事ぶりをみて始めて次のステップに進めるの」と、考える上の人は少なくないのですが、ゆえに若手の意見は減殺され、現場の意見としては、「今のままで問題なし」というコメントが出てくる。

いずれにせよ、この年功序列制度が維持されている限りは、大抜擢されない限りは、入社してから相当期間は下働きを余儀なくされて、その間にモチベーションが低下して、社外スキルなんて考える時間も気力もなくなってしまう、ということが往々にして起こるのだと思います。

これが、2点目。

これらの制度が成り立つための大前提

で、これら二つの一見非合理な制度が成り立つ、大大前提となる仕組みが、「新卒一括総合職採用」です。

総合職採用では、特にjob descriptionも決められませんし、原則配属先も定まっていません。給料も低く、大卒時点の能力は、全員同じで最下層からスタートすることを義務付けられています。

どこに配属するかも、job descriptionも何も決まっていないということは、即ち、新卒の学生に業務知識や専門知識は過度に期待していない、ということを意味します。

そういうのは、こっちで考えるから、とりあえず、こちらが教えたことをきちんと咀嚼してできるだけ早く独り立ちできるくらいの地頭、人当たりの良さ、積極性、に加え、理不尽な上記二つのシステムに異議を唱えない従順性・忍耐強さがあれば十分、というわけで、それらが「最重要視」されます。

上記の能力は、学生時代やってきたこと、やってきたことをどういう軸で捉えて、どう見せるか、どういう心意気で入って何をしたいのか、理路整然とエントリーシートや面接で説得的に述べられるか、で評価されます。

しかし、これらのことを企業側が学生さんに全てつまびらかに話した上で、何が求められているか、明確に言ってしまうと身も蓋もないし、そんな会社に誰も入りたいとは思えないでしょう。

ゆえに、日本企業の人事担当者は、学生を採用する際に重視する要素は?、という質問に対して、「人間性、コミュニケーション能力」といった曖昧な感じで濁すわけです。

しかしですね、現場で働いていると、実際問題、学生時代に勉強した知識なんて、社会人になってからプレッシャーを与えられれば(これが重要)、3ヶ月もあればキャッチアップできるのも事実なんですよね。

だからまあ、新卒の場合は特に、ハードスキルよりはソフトスキル重視で採用したい、というのは、理にかなっています。

結局は、マインドセットであって、どんなに勉強ができて、深い知識をもっていても、狭い分野にしか興味がなく、偏屈な人間とは誰も働きたくないです。仕事をお願いしたら、「なんでこんな仕事やる必要あるんですか」とか言われたら、そりゃ誰でも殺意覚えると思いますよ。そうじゃなくて、下仕事も楽しんでやってくれて、泥臭く頑張る新人を誰もが求めているんですね、はい。

またですね、今のような新卒総合職一括採用をしている限りにおいては、自分の専攻とは関係なく、興味のある業界に挑戦することが可能です。そりゃ、理想論を言えば、高校卒業時点で自分のやりたいことを見据えた上で、学部選びなさいよ、ということなのかもしれませんが、まあとりあえず偏差値がここくらい、とかいう決め方をしている高校生が大半である中、卒業時点の学部で、就職先が絞られるってのは少しかわいそうな気がしますし、結局はセンス次第なのだから、どの学部の学生にも門戸を開くべきじゃないかと個人的には思います。

その意味では、欧米の卒業学部でかなり厳しく就職先が縛られる採用制度は、それはそれで、生まれた頃から自分の興味を追求して高校卒業時点ではパスがある程度見えた上で、学部選択をしている社会では、最適なのでしょうが、少なくとも今の日本にフィットするとは思いません。もちろん、初等教育レベルから、欧米型にシフトすべく大人、子供の意識改革は行うべきでしょうけど、それには数年単位ではなくて10年くらいはかかるのではないでしょうか。

なので、今の日本にあっては、相応のベネフィットはあるんだけど、長期的には変えていかなければならない、そして、それを変えることは、ジョブローテーションも年功序列も変えることに間接的に繋がるわけですから、既得権者からしてみると、総論賛成、各論反対、のような形になるのだと思います。

こうして考えてみると、TOEICから転じて、伝統的日本企業が伝統的日本企業たり得るコアとなる仕組み、というか、システムって、相互に関連していて、一つ直したから、ハイ終わりって簡単にはならないんですよね。

(ここにも、ジョブローテーションシステムの弊害があるのかもしれませんが。。。担当者は「どうせ5年後にはいないんだから、そのタイムスパンで成し遂げられることだけをやるべき」と考える。。ような)

長くなりましたが、前回まで話した点で補足したいことは以上のとおりです。

ところで、TOEICで高得点っていうけど、一体何点?って思う方のために、簡単な目安を。

900あれば御の字、800以上で土俵には乗れる、と思っておけば良いかと。

できる人からすると、そんなの低いよ!なのかもしれませんが、日本人ビジネスパーソンのTOEIC平均点が600ちょいくらいですから、800もあって、ことあるごとにアピールしておけば、英語関連の仕事を取り扱う部門に異動できるか、そういう仕事があてがわれるでしょう。

で、その時に、水を得た魚のように天に感謝して素晴らしいパフォーマンスを上げると、また次の仕事が与えられるので、その繰り返しです。

これは、どの仕事でも同じですね、目の前の仕事に全力で取り組む、ということです。

結局、立ち戻ってくるのは、プロとして当たり前、というか、当然の心構えでしかないんですよね。ですので、大半の人にとっては、あまり得るものはないエッセイだったのかもしれませんが、まあ自分の備忘として書いていた方が良いと思うので、書き残しておきます。