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仕事の成果を効果的にアピールする方法(伝統的日本企業編) 第1回

仕事の成果の評価とは?

今回からは、ブログの本題に戻ってサラリーパーソンのノウハウ的なお話をします。

皆さん、仕事の成果の評価、についてどのようにお考えでしょうか。

まず、仕事の成果の評価、というと、「明々白々数字に現れるので、そんなことをアピールするもクソもないよ、数字が人格だよ(古い)」という営業畑の人もいれば、「チームで仕事をしているから成果のアピールという概念に馴染まない、自分は特に何もしていないけど、比較的フェアに評価してもらってると思う」、という所謂伝統的日本の総合職で一般的とされている認識を持つ方もいるかと思います。

はたまた、伝統的日本企業ではなく、new economyと評されるIT系の比較的小規模の会社(大手システムインテグレーターではない)では、「何をしたか、何を作ったか、その結果トラフィックが何%上がって、コンバージョンが何%上がって、結果としてオンライン経由でこれくらいの売り上げがあがりました」という明確なスキルセットに基づく定量的な成果が求められる職種も増えてきています。

近年の全体的なトレンドとしては、仕事の成果の評価についての公平性・透明性はひと昔に比べて向上しつつあることは確かなようです。伝統的大企業といえども、できるだけ定量的な評価を取り入れる傾向にありますし、これは業界問わずのトレンドといえます。ただ、伝統的日本企業においては、定量的な評価を取り入れている、というのは名目の話で、その定量的な評価も、実のところ一定程度は手元で操作可能であるため、定量的だからと言って、フェアで透明性が高いと言えるわけではない、ということは以前も少しお説明した次第です。もちろん、定性的評価100%時代よりは、マシですが、それでも尚、評価者の恣意性が仕事のパフォーマンスに影響を及ぼすことはままあります。では、評価者の恣意性が何に影響されるかというと、実のところをいうと仕事の成果をどのようにアピールするかで大きく左右されたりします。

いやいや、そうは言っても、仕事には労働集約的な仕事と、知能労働に分類される仕事があり、前者についていえば、評価者の恣意性が入る余地はないでしょう、と。そう思う方がいるかもしれませんし、僕自身もそうだと思ってました。知能労働ではない労働集約的な単純作業、時間さえかければ終わる作業についていえば、所定の時間内にできたか、できていないか、だけでしょ、と。そのように考えるのが当然だと思います。

しかし、実態は「労働集約的な仕事であろうと、知能労働であろうと、同様に仕事のアピールの仕方によってそのパフォーマンスの評価は大きく違いが出てくる」ものです。

今回のエッセーでは、真面目に仕事をこなすことを前提として、その成果をどのようにアピールすれば、自分の評価として100%のコンバージョンレートで伝わるのか、を考えます。

なぜアピールしないといけないのか。

まずは、前段として、なぜアピールしないといけないのか、その理由を考えて見ます。

本来的には、上司が部下の働きの一挙手一投足に着目し、本当に高い成果の仕事をしているかを判断できていれば、部下が殊更成果をアピールする必要はないわけです。しかし、できるか、というと、そりゃ鉄人ではないのですから、中々できませんよね。神様は見ているはず、真面目に正直に謙虚に働いている限りいつかは報われる、と誰もが願うし、僕自身もそう思っていましたが、適切にアピールしないとやはり報われるタイミングは著しく遅れます。

報われるタイミングが著しく遅れた結果、成果を上げる次の仕事が巡る機会も減ることになります。よほどできた人間ではない限り、「今まできちんと成果を上げて適切にアピールできる人」には安心してどんどんチャンスを与えますが、「地味に丁寧に仕事をこなすけど、成果アピールが下手な人」にはチャンスを与えられないものです。映画やドラマではこうした地味な職人にチャンスが訪れますが、実際にはそのように抜擢されるのはごく少数、レアケースで、大半は死屍累々となっている。

なぜかというと、一つ目が、そんな部下の一挙手一投足に目を向けて、良いところをポジティブに評価する上司がいれば、そりゃいいですけど、例えば部下が3人とか、4人とかいたら、その時点で聖徳太子ばりの能力がないと、仕事そのものの優劣なんてそんなにつくものではないです。普通に日常の業務が回っていたら、それで良しで、同じように仕事が回っているなら、「自分の成果(チーム、部門、会社に対する貢献)」なんて測りにくいものです。ましてや、短期的な貢献ならまだしも、長期的な貢献なんて、そうそう気づきません。

僕や僕の友人の経験上、これは大企業だろうが、ベンチャーだろうが、どこだろうが、人の成果をフェアに認識し、目に見えない工夫も読み取り、フェアに評価できる人間は、100人の中の15人くらいです。

6−7人に一人の割合。つまり当たることの方が少ない。それくらい上司は仕事に追われているし、部下の働きを丁寧に見る暇・能力を兼ね備えているわけではない。

そりゃ、「あるべき論」でいえば、兼ね備えているべきだと思いますよ、被評価者の評価に十分な時間をかけて正当な評価を行いモチベーションと能力を引き出してあげるのは、評価者である上司の役割だとは思います。しかし、現実はそうではない。こうした現実を踏まえた上で、なお、理想論に拘泥して現実に絶望するのですか?、ということです。

この点、僕は、現実を踏まえた上で、その上で何ができるか考える方に行動を傾けます。なぜなら、絶望することで目の前の状況が好転することはないからです。自分のくだらない感情コストをゼロと見積もり、やるべきこと(事態が前に進むこと)だけ考え、そのために最も効率的な方法を躊躇なく行うことでしか、状況が好転しないと考えるからです。

で、状況が好転するために何を行うか、というと、だまって黙々と仕事を行うことではなく、きちんとアピールすることです。アピールというのは、単に俺が俺が、としゃしゃり出ることではありません。次回は、その辺りを詳しく書きます。