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新入社員が憧れる海外勤務の実態

rawpixel / Pixabay

海外勤務は本当に薔薇色か、出世コースか。

今回は、昨今(というか数十年来)サラリーパーソンの中で、取りざたされているいわゆる「海外勤務」について考えてみたいと思います。

ビジネスのグローバル化が謳われてはや数十年、日本企業で働くビジネスパーソンにとっても、もはや海外勤務は決して珍しいものではなくなりました。

そんな状況にもかかわらず、現実の日本企業の海外事務所では、一体どういう感じの働き方がなされていて、どの程度の英語レベルが求められ、どれだけローカル化が進んだ環境なのかは、企業ごとに事情が異なり、一緒くたに論じることができないからか、なかなかウェブにはのっておらず、僕自身も海外勤務するまでは、漠然としたイメージしかもっていませんでした。

そして、そのイメージとは、とても恥ずかしいことに以下のようなものでした。

「高い英語力・プレゼン力を身につけたピカピカの社員が、多くの裁量を与えられ、フラットな職場でローカル社員(現地で採用された現地雇用体系に則った社員;一般的には、日本の総合職とは異なり、明確な仕事の内容が定められ、定められた仕事以上のことを命じることは法律的に禁止される(国が多い))と対等な立場でスマートにバリバリと仕事をこなす。

一方、飲み会、接待ゴルフなどは個人主義が浸透しているため少なく、あったとしても任意参加、ウィークデイも仕事が終わりさえすれば、付き合い残業もなく、仕事の後のエンドレスの飲み会、接待もなく、オフはオフで自分の時間を楽しむことができる。

自ら裁量権を持っているため、仕事が完結している限り、休みを取るのも自由、年に一度は2週間以上の長期休暇をとり、近隣諸国にバカンス等、見聞を広めることもできる。」

多くの裁量が与えられるというのは、自分の判断で仕事が進められる反面、責任も重いということを意味します。

それは、その当時でもわかっていました。それでも、時期的に忙しい時はあるにせよ、海外であれば、メリハリもしっかりしているし、早く帰ったから次の日に嫌がらせのように大量の仕事を振られる、といったような伝統的日本企業では日常茶飯事(それはそれで問題だが。。)のような事態は起こり得ない、よりフェアで説明責任を伴うsolidなビジネスの世界に飛び込むのだ、これで僕も世界を股にかけるビジネスパーソンの一員だ!と息巻いていたのです。

しかしながら、その幻想は正に到着初日に打ち砕かれました。一体、どういう点に僕は失望し、ある意味で納得したのでしょうか?

本稿では、僕が抱いていた3つの大きな誤解と、現実、そうした現実に対する僕なりの考えを書いてみたいと思います。

なお、これは単なる一例にすぎず、会社・業界が違えば、当然のことながら全く状況が異なります。こういうこともある、ということを理解した上で、あくまで参考程度に、(面白話として)読むことをお勧めします。

誤解1:海外支店での働き方について

誤解

海外支店だから、上意下達の日本の支店とは異なり、担当者であっても、多くの裁量を与えられ、フラットな職場で、自由にイキイキと働くことができる。

現実

海外支店は本社からみると、海外を拠点とする単なる支店の一つに他ならず、本社の指示なしにできることは限定的である。

その支店で雇われているローカル職員は、現地ルールに沿い厳格なjob descriptionに定められた範囲で専門職的に働くことができるが、本社から派遣されている社員は別で、あくまで本社から派遣されている社員内における厳格なヒエラルキーの中で総合職的に(雑用も含めて)働かねばならない。

さらに悪いことには、本社から派遣されている社員(時には取引先までも)は、(昔に比べればフラットになりつつあるという)現在の日本の状況なぞ全く感知していないため、昔ながらの飲み会、付き合いゴルフ等々のより日本的なムラ社会的なしきたり、付き合いが未だに温存されている。

そこには、フラットな職場で、自由にイキイキなどという形容が伴う働き方なぞはない。。。逆説的だが、日本より、日本語の使い方、日本のルールに精通していることがアドバンテージになりうるし、そうでないと、いつまでたっても支店の派遣職員から半人前扱いされてしまうという。

日本から離れた海外にもかかわらず、より日本らしい環境で日本らしい慣習が必要になるという、おかしな状況に面食らったものです。

僕の考え

僕は、赴任当初、どうしてこうした状況が形成されるのか、とても不思議に思いました。

しかしながら、あれから、かなりの年月がたって今なら少しは理解できます。

まず、日本の本社から派遣された社員というのは、ローカル社員とは全く別個の存在なのです。

ローカルに馴染んで自由に働くことなぞまるで期待されていないし、基本的には本社・上司の手足となり、命令を執行することこそ最重要なのです。

また、audienceは、他の誰でもないその支店のトップ(つまり事務所長や支店長)であり、彼・彼女の期待に応えることこそ最重要事項となります。

トップが白といえば黒も白になりうるし、その逆もまた真なりです。(もちろん、限度はありますが)当時、僕が描いていたのは「単に自分にだけ都合の良いキャリア形成の機会」としての海外勤務であり、audienceが誰か、という考えは完全に抜け落ちていました。

赴任当日(休日でした)から、10時間以上のフライトを終え、疲労困憊している時に、そのまま飲み会に連れて行かれ、酒を注ぐタイミングで説教を受けた時は、唖然としました笑。

当時の上の人たちからしてみたら、初日にきちんとルールを教え込まないと勘違いする輩が出てくる、支店内の規律が守れない、等々の理由で、そうした叱責に及んだのでしょうね。

誤解2:海外勤務にまつわる英語力について

誤解

英語力は、ただ働いているだけで、うなぎのぼりに向上し、海外勤務5年を経た暁には、ほぼネイティブレベルの英語を操れる「グローバル人材」になりうる

現実

これは自信を持って言いますが、そんなわけはないですよね笑。

ただ海外で働いているだけで、英語力が格段に伸びれば、それほど楽なことはないです。

それは、僕を含む普通の人が中学以来(今は小学生から)過去10年以上英語を勉強しているのに、まるで英語を話せるようにならなかったのと同じです。

必要に迫られ、必死に学ばない限り、英語力は成長なぞしないのです。

もちろん、それは0ではないと思います。定型的な挨拶や、自らが従事するビジネスの話ができるようになる等、一定程度は伸びるでしょう。

しかし、そのレベルであれば、同じ期間に、真面目に日本で英語を勉強していた方がよっぽど伸びます。

やはり、海外勤務であっても、日本語でも一定程度仕事が回るという甘える理由がある限り、人間は甘え、その結果として成長は頭打ちになる、ということです。

甘えというのはつまり、言い訳をするということで、やれ時間がない、ですとか、重要なのは支店で使う日本語である、ですとか、留学生じゃないんだから、「そこそこ」できればよい、ですとか、これはほぼ無限にあります。

ただ、必死に英語を勉強した人間であれば、すぐにわかると思いますが、地道な努力をしない限り、きちんとした英語は身につきませんし、上達もしません。

「そこそこ」なんてレベルはどこにも存在せず、現実には、「できる」か、「できない」か、だけです。

僕の考え

とてもネガティブなことを言っているように思いますが、もちろん、モチベーションが上がる環境は日本よりは整っていると思うし、英語を使う機会が少ない日本に比べて当然英語を使う機会に恵まれているため、正しいマインドセットをもってすれば、英語を上達することは、いうまでもなく十分可能です。

ただ、僕が見る限りにおいても、海外勤務経験者の全員が全員英語力が高いレベルにあるというわけでもないですし、僕自信、どちらかというと、最初の海外勤務で、英語力が著しく向上したという実感はありませんでした。

むしろ、皮肉的な事に、それゆえに、このままでは海外勤務してたなんて言ってられない!と本気で思い、日本に帰ってから真面目に勉強してから、著しく飛躍したということがあります。

なんとも不思議なことですが、環境というのは勿論、物事を成し遂げるために、重要な要素となりうるわけですが、それ以上に重要なのは自らのマインドセット次第である、と強く感じました。

日本にいるときは、海外にいないとビジネスで通じるレベルには英語は上達しないとなぜか決めつけていましたが、必ずしもそうではないということですね。

誤解3:海外勤務に抜擢される人材の特徴

誤解

優秀な人間のみが海外勤務となる。あるいは、海外勤務経験のない人間は出世戦線からは外れている。

現実

これも、言わずともわかると思いますが、そんなことがあるわけがないです。

まず、優秀の定義が何かによりますが、当該組織が最も価値を感じている人間(=高い価値を組織に継続的に与えられる人間)が優秀だとここでは定義することとします。

自分が社長だとしたら、そうした優秀な人間は一体どこで働くべきと考えるでしょうか? スキルセットを勘案し、パフォーマンスを推計した結果、最もスコアが高いところ。。。などと言いたいところですが、現実にはそんな優れた人事評価システムが整備されている会社は極めて稀でしょう。

組織ってのは結局は、人で動いているわけですから、そいつがなんとなく最も高い成果をあげるところ、か、上司が推薦するところ、という確固たる理由なく、人の感情や思い、またその時々の状況に応じて判断されるというのが実情ではないでしょうか。

海外売上高比率が9割とかいう、多国籍企業であれば、ほとんどの人材が海外ということもありましょうが、本社を日本に置く日本企業の場合は、優秀な人間は本社だったり、子会社だったり、海外だったり、国内支店だったり、その時々(の上司や会社の計画)で異なり、(僕が誤解していたように)常に優秀な人間で溢れている拠点を作るというのは、組織のリソースマネジメントとしても、非効率で拙いやり方ですし、優秀な人間のみが、ーーーに行く、みたいな考えは、単なる幻想に過ぎません。

実際に大きな組織で働いてみると感じまずが、それぞれの人が本当に色々な思惑で異動しており、色々な人が色々な部署で働く環境が形成されています。

良く言えば、故に自由な発想が生まれることもあるでしょうし、悪く言えば故に統率が取れなかったり、問題が生じることもあります。

ストレス耐性が強いやつが多い気がするとか、そうした目に見えない特性は部署ごとにはある程度はあるのかもしれませんが、部署ごとに必要とされるスキルセットも異なる中、優秀な人だけが集まったピカピカの部署なんてのは、おとぎ話レベルなのかなと思う次第です。

僕の考え

思うに、サラリーパーソンにとっては、海外勤務とは、国内支店への転勤と同じくらいの意味合い、あるいは本社内での異動と同じくらいの意味合いしかないと捉えるべきではないでしょうか。

それくらい偶然が左右しますし、そこに大きな意味を求めることにあまり意味はないのだと感じます。

あるパスを通ったから、これで出世街道確実、というほど、日本の会社は甘いものではないでしょうし(もちろん、上司なり周囲は相応の期待を抱き、鼓舞するためにあることないこというのかもしれませんが、実際には出世確実なパスなどは存在しません。それも、自分が社長だと想定すれば、そんなパスを作る意味など、どこにもないことがわかると思います。そのようなことはほのめかすけど、所詮はone of themで、上司から一選抜と言われていてもなんの保証にもなりません。なぜなら、その上司が異動になったら、また一から信頼の積み上げがスタートするからで、引き継がれるものはそれほど多くはないからです。)、そのパスを通ったがゆえに、結果として努力を怠ることになり、その後、左遷されたなんてことになればそれこそ不幸です。

そして、そうした例は必ずしも珍しいものではありません。

結局は、現実をあるがままに直視する、という当たり前のことがないから、僕は上記のような誤解をしていたのだと思います。ロジカルに考えれば、「海外勤務」をしていたという事実が、自らの人生のなんの保証にもならないことは理解できますし、最後は、自分が何を思い、何を実行し、何を成し遂げたか、という事実のみが、自らの自信ですとか市場価値を形成するのではないでしょうか。

その意味で、僕の誤解というのは、世の中の現実を知らない人間がのたまう単なる戯言にすぎなかったと改めて思うわけです。

最後に

今まで恥ずかしながら、僕が抱いていた3つの誤解を論じてきましたが、特段ネガティブなことだけを打ち出そうとして、こうしたことを書いているわけではありません。

海外に住む中で、現地の食事や、人々と関わることは、とても興味深く楽しかったですし、幸福感の追求に貪欲な人々の姿をみて、自らにとっての幸福を改めて考えて見る機会が多く、それは滋養に富む素晴らしい経験でした。

ただ、海外勤務=単にバラ色、ということで思考停止するわけではなく、あえて、こうした”誤解”を認識することで、会社の仕組みを理解しようという意思も芽生えますし、日本であるいは海外で職業人としてどういう方向を歩むか、ということを真面目に考えるきっかけにもなるのかなと思います。

長いサラリーパーソン生活になりうる可能性があるからこそ、海外勤務だからといって有頂天にならずに、そこで待ち受けている現実、求められているスキル、その後の行き先、など、イメージだけで判断することなく、きちんと自分で経験して考えるといったプロセスが一層重要になってくるということですよね。

海外勤務は、単なる海外勤務で、そこには特に色はありません。ましてや、海外勤務ゆえに薔薇色なんてことはなく、そこで何をするか、結果として何を得たか、が重要なのであり、海外で勤務したことあります、なんていうざっくりした経験が、労働市場における価値に直接結びつくことはありません。

日本で働く場合に得られる経験・スキルと、海外で働く場合に得られる経験・スキルを天秤にかけて、どちらが労働市場における自分の価値を高めるかをフェアに見極め判断するのが良いでしょう。

ただし、一度海外支店勤務を命じられてそれを断ると、伝統的日本企業では、(たとえ正当な事由があったとしても)組織に対する冒涜だと見なされ、左遷される可能性あるので、その辺りのリスク管理はきちんと行いましょう。