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食洗機・お掃除ロボット導入積極論

congerdesign / Pixabay

家事の定義を真面目に考える

皆さん、家事は好きでしょうか?

今回取り扱う「家事」の定義としては、少し広くて「料理を含まない家庭生活を営むために反復・継続して行う活動」、もっと具体的に言えば、洗濯、洗濯物干し、皿洗い、掃除(断捨離のようなパラダイムシフトを生む大掛かりな掃除ではなくて、毎日生活する中でチリやホコリがたまりそれを掃除するという意味での掃除)、です。

よく家事・炊事・洗濯、とか言いますけど、洗濯は家事に入るが、炊事は含まないということです。

なぜ料理を含まないか、といえば、それには実は深い理由があります。

まず一つ目に、料理は、その活動そのものに楽しさを内包しています。例えば、大人数でワイワイやれば、それだけで楽しい。楽しい、という感情と、家事というネガティブな響きは相反します。

一方、洗濯、掃除、皿洗いは、それだけでネガティブな響きに満ちていますし、その証拠として、洗濯をみんなで集まってやろう、とか、折角だからみんなで集まって掃除機でもかけながら交流を深めましょうよ、とか、ならない。つまり前向きな心踊るアクティビティとして成立しません。

故に、料理は家事のカテゴリーには入らないのです。

次に、料理は、やればやっただけ上達し、その恩恵を即時に自ら直接享受することができるばかりか、料理をみんなに振る舞うことにより他人も同じだけの恩恵を享受できます。しかも、その上達したスキルは使っている限りにおいては胡散霧消せず自らの財産となり、他者と自分を差別化するための一つの要因になりうる。一方、皿洗い・洗濯・掃除は、スキルの上達という点ではやればやっただけ上達するにはするが、その恩恵を被るのは本人限定です。更には、皿洗い、洗濯、掃除、はgivenのスキルとして認知され、できることが当然とみなされており、差別化は差別化でもネガティブチェック(できて当然、できなければアウト)という意味合いでの差別化の要因にしかなりません。

(こういうと、「いや掃除も差別化できるスキルだ。コンマリさんを見よ。」、と言われるかもしれませんが、コンマリさんのそれは、前述の通り断捨離というパラダイムシフト系の掃除であり、僕が考える掃除の対象には含めていません。)

この点でも、料理は、家事に入れるべきではありません。

最後に、内製化するか、外注するかの判断基準が、料理かその他家事では大きく異なります。料理では、内製化するか、外注するかは、単に費用・時間を削減したいから、という理由だけで判断されることはありません。自分で料理を作る場合も、一定程度の技術を持っている場合は、贅沢に素材を使える分、家で作った方が安く美味しく出来上がります。外食する際の判断基準としては、費用・時間の削減といった計量可能な指標のほか、自分で作るのが著しく難しい料理を外で食べられるかどうか、味付けや見栄えといったプロの料理人の腕前に感動できるかどうか、といった定性的な指標も入ってきます。時に、自分が生きる上で何に価値判断を置くかという、人生において何をバリューするかを試される深遠な質問に答える場面が外食するかどうかを判断する際には入りうる、ということです。

一方で、洗濯、掃除、皿洗いは、原則として自分がやっても他人がやっても仕上がりの質に大差はありません、しかし費用はかさむ。ということで、そこには生き方という哲学が入る余地は多くはありません。費用、時間、というデジタルな指標で、外注するかどうかを判断できるということで、その性質は、先に述べた料理とは異にします。

以上の理由より今回の家事の定義には、料理は含めません。

さて、家事の定義を明らかにしたところで、メリット・デメリットを論じてみましょう。

家事のメリット

まずメリットとしては、家庭生活を営む上での必須スキルであり、家事に精通していれば家庭生活を営むのに有利です。また、必須スキルとはいえ、必ずしも全員が得意としているわけではないため、これらをきちんとこなせるか否か、でセルフコントロールのできる人間かどうかも一定程度見極めることも可能です。というのも、家事は基本的には発生した時点でとりかかるのがベストで、時間が経つにつれてやる気も失い、臭気を放つとか汚れがこびりつくとか、そういう取り組むにあたってのマイナスの要素が強く出てきます。早くやるに越したことはない、しかし、面倒臭くて取りかかれない。つまり、誰もが早くやるべきだということは経験則として知っているにも関わらず、面倒臭いという不合理な感情に突き動かされて、先延ばしにしているわけです。それを先延ばしにせず、やるべきタイミングで実行できる、それだけで鉄の意志力として評価できる。これもメリットでしょう。

家事のデメリット

しかし、これらのメリットを補って余りあるくらいのデメリットがあります、それは、単純に面白くもなく、苦痛だということです。もちろん、工夫をすることで、一定程度苦痛を軽減させることは可能です。例えば、料理をしている間に皿洗いをする、音楽を聴きながら洗濯をする、映画を見ながら掃除をする、といったようにです。工夫の余地はあります、しかし、それは苦痛を軽減するということであって、苦痛を快楽に変えるほどの力はありません。

また、その苦痛な作業に時間を取られるのもデメリットです。これが、例えば1分とか30秒とか、それくらいの時間であれば、それは、やりゃいいんでしょ、やりゃ、という類のものになるし、それくらい我慢してやれよ、と一蹴できます。しかし、実際には、しっかり料理した後の皿洗いは10〜20分くらいかかるし、掃除も30分、洗濯(選別・乾かすのも含めて)30分、と、毎日フルパッケージでこなすと1時間強かかる。この時間も大きな問題ですけど、もっと大きな問題は、1日1時間も嫌な気分に浸らなければいけない、ということです。これは辛い、辛すぎる。

「いや、ちょっとそれは誇張しすぎじゃないですかね、毎日家で作るわけでもないし、洗濯も毎日するわけでもない、つまり、1週間で均せばその5分の1、10分くらいじゃないですか、1日あたり」という人もいるかもしれません、で、僕の単なる勘違いだったら、今まで書いた文章が全て無駄になるのですが、調べて見ました。

平成23年社会生活基本調査 生活時間に関する結果

統計といえば、総務省ということで、官僚の皆様が心血を注いで調べてくれた調査結果があるので、これを基に、家事に使う時間を論じていきます。

この統計によると、P3に掲載されている通り、1週間のうち家事に使っている時間は、働き盛りの30-40台で女性4時間半以上、男性50分程度で、夫婦であれば計で5時間以上です。子供のいるいない、独身既婚で、この時間は上下しますが、ざっくり3時間は使っていると言っていいでしょう。二人暮らしでも家事が半分になるわけではないですから、保守的にみて3時間です。そうすると、土日はお休みするとして、平日1日1時間は使っていないけど、30分以上は使っているということですね。これはとても大きいですよ。

やる気キャピタルの温存

というのも、人のやる気って1日に持続する時間って決まっていて、これを僕は「やる気キャピタル(資本)」:面倒臭いけど、やらなければいけないことを実際にやる意志の力、と呼ぶのですが、無限大にあるわけではないのです。せいぜい、フルタイムで働いている人で鉄の意志を持った人でない限りは、1日1-2時間やるきキャピタルがあれば、多い方と言えます。仕事でクタクタになって疲弊した後に、3時間も、やらねばならないけど面倒臭いと思う英語の勉強ができます、という人はさほど多くはありません。ここでは、僕の経験則上、1日のやる気キャピタルは1-2時間と前提を置きましょう。

このキャピタルを何に配賦するかが、人生をより有意義なものにするために、幸福なものにするために、そして夢を実現するために、極めて重要になります。それは、企業が人的リソースを何に配分するかと同様です。そりゃ仕事のできないグダグダしている人より、よりキビキビ動いて利益を上げてくれる人に配分したいでしょう。

つまり、高い金払って、ポジションも用意して、と、有限なリソースをより効果の高い人材に集中させないと、競争力は衰えていく、ということです。

同じことが、人にも当てはまります。かの大前研一もいいました、「人を変えるためには、三つの方法しかない、住む場所を変える、働く場所を変える、時間配分を変える、ことだ。最も意味がないのは、決意を新たにすることだ。」と。

やる気キャピタルを家事ではなくて、他のより有益な何かに使うことこそ、大前研一さんのいう時間配分を変えるということに他ならないのではないででしょうか。

他のより有益な何かというのは、人によって異なります。別に勉強である必要なんてありません、それは週末の予定を立て段取りを考えることだったり、レストランの予約をして友人と会う約束をすることだったり、億劫に感じてしまうけど、やらねばならないことはたくさんあることでしょう。そして、それは多くの人にとって家事よりも重要性が高いものであるはずです。

「いやいや、違うんですよ、正直ね、洗濯とかめちゃくちゃ気持ちいいんですよ、ポカポカしたサンルームで洗濯物を干している時は至福の時間ですよ、それを奪われるなんてなんて殺生な、御無体な。」という人もいるかもしれませんが、洗濯物を干さずに、ポカポカのサンルームにお布団を強いて日中に寝るほうが、気持ちいいのではないでしょうか。

ここはひとつ、感情を交えずに、事実だけを切り取って判断して見ましょう。

洗濯物干しという付加物が本当にあなたの人生にとって必要ですか、という話です。おそらく多くの人にとっては必要ないのではないかと思います。やらないと困るけど、自分でやる必要もない、そういう代物であるはずです。一方で、友達との約束をいれたり、週末の予定を立てたり、独学したり、ってのは、自分がやらないと意味がありません。本来、やる気キャピタルというものは、自分しかなしえない、自分が変わるために本当に必要なものに投資すべきです。誰がやっても同じ、という意味で、既にコモディティ化され、自ら動く必要のない家事にやる気キャピタルを費消すべきではないのです。

(料理もコモディティ化した活動の一つじゃないか、という意見もありますが、料理は違います。その裏にストーリー性があり、誰が作ったというのがユニークな意味合いを与えます。よくおふくろの味、とかお婆ちゃんの味、とか言われますよね、別にそれが超絶美味しいものではなくても、僕たちは誰が作る、という点に付加価値を見出します。一方で、お袋の洗濯、祖母直伝の皿洗い、というのはついぞ聞いたことがありません。)

なぜ家事への省力化が日本を救うのか

ここまで読んできて、その主張はわかった、という方は多いかもしれませんが、日本を救うというのは言い過ぎだろう、という人も多いかと思います。

しかし、これは誇張ではありません。本当に日本を救う可能性を秘めているのです。

例えば、洗濯乾燥機を導入し、洗濯物を乾かすという作業から解放され、皿洗いも食洗機導入により解消され、掃除もルンバにより解消される。

これらのテクノロジー導入によりざっくり9割の家事時間は削減できます。

そうすると、平日30分間のやる気キャピタルの削減になるわけです。

例えば、毎日30分間、やるべき、と思っているのに、面倒臭いからやっていないことに費やせるとしたら、大げさじゃなくて長期的スパンで見れば人生変わります。

しかも、掃除、洗濯、皿洗いの質は全く落ちていないわけです。

そこまでいうのは、言い過ぎでしょ、とそういう見方もあるかもしれません、余った時間の30分なんて微々たるもんだよ、と。でも、週に3時間、可処分時間が増えると、少なくとも消費は増えるでしょう。ネットショッピングにしても、街に出るにしても、友達と遊ぶにしても、何らかお金を使う機会も増えるし、家事で疲れていない分、外に出よう、という気にはなるはずです。そうすると、これは何よりの消費刺激策となります。公共事業で箱物作ったり、使いもしない高速道路を作ったりするよりよっぽど効果的です。人が内向きから外向きになる、それがまさしく日本経済が長く停滞している要因である人々の心理に根付く「デフレマインド」を、取っ払うことになるんじゃないですかね。

家事をしていると上記のとおりエネルギーも消費する一方、お金は消費せず抑制する方向に働く、これじゃ景気もよくなりゃしませんよ。

もうですね、いっそのこと、国家として旗上げて「日本人は家事には一切時間を使わない、極めて最適化された生活を送っているのです」と言ってしまえばいいのです。「狭くても、一人でも、家事に煩わされず、自らの幸せを追求する、新世代の合理的な生き方」、とか言って、「家事をするくらいなら、他のことをしましょう」、と音頭を取ってもよいくらいです。

政府がそういう音頭を取れば、世界の家電メーカーが、異常なまでに普及率の高い日本を主戦場に置き、研究所を設置したり、日本市場で売れれば、他でも間違いなく売れる、というように、テスト的な市場として使ってくれるかもしれません。

そうすると、日本のメーカーも躍起になって、良い商品を作ろうとするでしょう。

また、こうした家電を必要とするミドルクラスは、これから新興国でどんどん増えてきます。

つまり、金はあるが、時間はない層、金と引き換えに時間を売っている層です。富裕層はメイドとか雇ってしまうので、必ずしも家電を買う必要すらないですから。

これらの家電において世界を圧倒的にリードする日本、というのは世界に知れ渡れば、もうシメたものですよ。新興国のミドルクラスの方々の旺盛な需要を取り込むことができれば、世界シェアも視野に入ってきます。

現時点では欧米企業に大きく後塵を拝しているかもしれませんが、やりようによっては未開拓の市場で有利に事を運ぶことは十分可能です。

(例えば、食洗機のビルトイン式では、欧米の企業が強いが、外付け型は、コンパクト性の実現に一日の長がある日本企業が良い製品を開発できる可能性が高い。ビルトイン式は、多額の費用がかかる一方、外付け型でaffordableな価格、ローカル事情を踏まえた機能・形状の商品が出せれば、勝ち目はあるはずです。)

余剰時間を増やして最先端のエンタメやサービスにお金を使いたい、そういう層はこれから確実に増える層ですから、これを狙わない手はありません。

単に、家電メーカー、ではなくて、「あなたの人生を変える家電メーカー」とか、キャッチフレーズをつけて、上記3製品に注力する企業があっても良いのではないかと思います。

以上のとおり、家事を省力化するためのテクノロジーの積極的な導入に僕は賛成です。

個人の人生をより充実したものにできること、消費を刺激する(経済成長に資する、デフレマインドの脱却)、グローバルにおける日本のイメージの向上、新たな市場・産業の創出、グローバルプレイヤーの可能性、良い点をあげればきりがありません。

単なるバラマキや、公共事業、各種補助金、これらの一つだけやめて、家事省力化家電減税、とかいって税額控除する仕組みを取り入れれば良いだけです。これを機会に、全員を確定申告必須にして、一体いくら税金を払っているのか意識的になるよう仕向ける施作も同時に打てば良いです。サラリーパーソンは源泉徴収で普段は気にかけませんけど、たくさん払ってますからね。

というわけで、政治家の皆様、この良いことだらけの家事省力化家電推進運動を、政策化してみませんか?

日本を変えるには、まず家事からです。

ワークライフバランスのワークの時間を減らす試みももちろん取られるべきですが、ライフの質をあげる試みも忘れてはいけません。ワークも、ライフも、両面から質の向上を図っていくことで、初めてそのバランスという考えが出てくるのではないでしょうか。

自分の選挙区で、これだけ国民に寄り添った政策を掲げている候補人がいれば、少なくとも僕は一票入れます。

まあ出てこないでしょうね笑。

なんで、こんなことをいきなり言い始めたかというと、実は近頃、食洗機を買ってあまりに便利で感動したので、その良さを伝えるべく、書いてみただけです。

完全にポジショントークなんですけど、改めて家事について考えた時、皆さんはどう思いますか?