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たったこれだけ!伝統的日本企業が大した金をかけずに若手社員の離職率を下げる方法 本編

rawpixel / Pixabay

まずは金をかけずにやれる施策だけ考えればいい

前回はなぜ伝統的日本企業は、若手社員に辞められると困るか、について説明しました。

今回はその前提を踏まえて、では、どうすれば離職率を下げられるか、です。

ただ、離職率を下げる、と言っても、採算度外視で、という訳にはいきませんよね。

伝統的日本企業は、お金がかかる施策については、かなり厳しい審査がありますし、お金をかけて失敗した場合、その落とし前を誰がつけるのか、という責任の所在問題が生じます。

僕の中では、責任の所在、とかいう言葉が出てきた時点で、その企画はもう負けです。

そんな責任の所在を面と向かって詰問されている時点で、抵抗勢力がいるということの証です。

そこから先に進めるには、多大な労力を必要とするし、その割にはきっちり効果測定もされて、という風に、コスパが悪い。

それよりはですね、まあどうせ金かからないからやってみるか、所詮はお試しだし、くらいの軽さで始めて、抵抗勢力が抵抗する理由をつぶしておく。そして、あとは「やってから考える」スタンスでいったほうが成功確率は格段に上がります。

金かけるとですね、ガッチリ計画段階で固めて実行段階ではミスなくやらないといけないので、やるスピードが遅れるんですよね。

そのくせして、やってる途中に色々変更すると、横槍出して文句言ってくる人が出てくる。例えば、そんな簡単に変更していいのかよ、失敗だったってことじゃないか?とか、きちんと経営に報告したほうがいいだろ、とか、何とかして金をかけた結果失敗した、あるいは、失敗とならないうちにプロジェクトを畳む、という方向に仕向けてくる人がいるのです。

だったらですね、むしろ金をかけずに始めるんで、これは途中で色々変更してオーケーなんです、っていうフレームで仕事を作り出したほうが心理的に楽だし、それで失敗したら闇に葬ればいいし、成功したらそれを糧に金をつけて貰えばいい。

所謂いいとこどりなんですよね。Small win firstの一つの形というか。

ですので、金が大したかからない、経営会議にかけるほど大した費用をかけずにできること、っていうのが僕は重要だと思ってます。

ですので、今回提案するのも金をかけずに離職率を下げるにはどうしたらいいか、という方策をいくつも捻り出すのを主眼とします。

では一つ目からいきます。

社外と関わらない限り服装自由化

一つ目は社外の人と関わらない限りは、服装は何でも良い、とすることです。

伝統的日本企業と、先進的なウェブ系企業、テクノロジー企業の最も明らかな違いは何でしょうか?明らかな違い、それは見た目です。

何と言っても、伝統的日本企業の社員はいついかなる時もスーツ、ネクタイ、革靴、ブリーフケース、である一方、先進的企業は服装自由なのです。

これがですね、学生にとってはとても象徴的なのですよ。

どう象徴的なのかというと、理不尽なことを我慢させられる環境なのか、そうじゃないのかを見分けるシンボルとして、象徴的な違いにうつる、ということなのです。

そりゃ、めちゃくちゃ暑いのに、スーツ、革靴って本当に苦痛なんですよね。もうそのためには数百万払ってもいいんじゃないかと思うくらい。ネクタイなんか締めようもんなら35度を超える真夏日なら死にたくなります。

それを理由もなしに、そういうルールだからという理由で、強いられる訳です。

もし自由な格好をすると、下手するとクビになるレベルに制裁をくだされますし、会社の正式なルールとして定められているケースが多いです。つまり、懲戒事由になりうる。冗談じゃなくて、それくらい厳しい。

そして、グーグルやアマゾンに代表されるように米系テクノロジー企業は、オールドエコノミーへのアンチテーゼとして、服装は自由となっていて、日本のWeb系・テクノロジー企業も、同じように服装は自由としているところが増えている。

そうなるとですね、例えば学生からしてみたら、少なくとも見た目は学生の延長線上で社会人に突入できる、とてもハードルが低い。

これが、あの暑苦しいスーツ、ネクタイ、革靴になった瞬間に、首輪じゃないですけど、束縛されたような気になりますし、あー嫌だな、というネガティブな印象があるのだと思うのです。本気でこの格好で一日中いるのかよ?という生理的な不快感。

まあ自由な服装でも普通に働ける環境が増えてきましたので、尚更気になるんですよね。

僕は30代半ばですけど、僕が働き始めた頃って、そりゃ勿論普段着で働いている人もいましたけど、今に比べると格段に少なかったですよ。

ましてや、大学を卒業して、例えば大学の友達と社会人になってから数ヶ月経って会うときも、おしなべてほぼ全員スーツでした。

でも、今じゃ、下手したら半分くらい普段着でもおかしくないでしょう。

そうなると、スーツ着ている人も、「俺ってなんでこんな服着てるんだっけ?」と疑問をもつ機会が格段に増えている。

なので、近年は昔と違って、若手社員は、何がなんでもスーツ着なければならない、というルールを嫌だと思う正常な判断能力を「失わない」ようになった(笑)ということでもあるでしょう。

じゃ、常に普段着にすればいいじゃん、かというと、僕はそれはそうとは思わないのです。

スーツというのは数百年の歴史があるだけあって、それさえ着ていれば一人前、フォーマルに見える。相手にとって失礼にならない、というとても無難な服装ではあるのです。

こと、ビジネスにおいては、相手に不快感を与えないということがとても重要になります。

普段着だとどうしても、この相手に不快感を与えずに、というところの線引きが難しくなるのです。

ですので、常に普段着ではなくて、社外の人間と関わる時はスーツ、それ以外の時は普段着、なぜなら、社外の人間と関わる=ビジネス的な利益に直結する機会であり、これを服装により相手に不快感を与えることで失うわけにはいかないからです。

これくらい明確なルールがあれば、迷いはないですし、納得はするでしょう。

避けるべきは、「何は無くとも常にスーツ」という硬直的・官僚的な対応なのです。そこには、人が納得すべき論理は、「今までそうしてきたから」という情けないロジックしかなくて、そういう嘘を若手社員は即座に見抜く能力を持っているのです。

これはお金がかかるものでもないですし、それこそDay1から実行できるとてもシンプルな施策です。更に広告的効果も絶大。

実際、見た目じゃ伝統的日本企業なのか、先進的なテクノロジー企業なのか、区別できなくなります。

オフィスの島をなくす

次に、オフィスの島をなくすことです。

昨今増えつつある(そして、スタートアップ・先進的なテクノロジー企業では当然となりつつある)フリーアドレス制を採用している会社で働く人にはわからないかもしれませんので、説明します。

島とは、固定座席制を採用している会社でのみ発生する概念です。

そして、伝統的日本企業では、ほとんどがこの島制を導入しています。

どういうものかというと、まず部ごとチームごとに固まって座っていて、且つ大きめの長机(向かい合わせに10人以上座れるもの)を共有しているという前提で、その長机そのものを「島」と言います。

要は、同じチームの上司、先輩、後輩、全てがほぼ視界に入る範囲に座っていて、コンパートメントで一切仕切られていない(つまり、いるかいないか、何をしているか、も一目瞭然)なのですね。

では、なぜこの島をなくすことが離職率低減に寄与するかというとですね、誰だって四六時中監視されてるのって嫌じゃないですか。

僕は欧州のオフィスで働いたことも、アメリカを始めとしたほか先進国のオフィスを覗いたことが何度もありますが、おしなべてコンパートメントといって、割と高い仕切りで仕切られたスペースが一人一人に割り当てられ、自分一人の空間が確保されているとともにプライベートなスペースが尊重されているのですね。

相手が具体的に何をしてるかは細かくわからないようになっているし、気にならないような仕組みになっている。

一方、日本の島システムだと、いや、本当にPCのスクリーンどころか何をしているかが丸見えなんですよね。いわんや、上で述べたように早く帰ったかどうか、いるかいないか、もすぐわかる。

また、ランチの時も自分一人だけ単独で行く、とかしにくいんですよね。もし行くと「お、今日はどうした?」とか言われるし。

このようなシステムの何が問題かというと、悪しき同調圧力と結びついてしまうケースが多いのだと思います。

例えば、早く帰ったら「あいつ余力あるちゃうんか」とか、いなかったら「有給とって休んでるってことは、まだまだいけるってことだな」とか、それこそ息抜きでちょっと席外してたら、「あいつどこいってるんだ」というように、気にする人がいるものなんですよね。

それがいいか悪いかは置いておいて、まぁ最近の若い人は普通に嫌だと思いますよ。

昔は、それが当然だったので、特段疑問も抱かなかっただけで、僕も可能であれば島型よりコンパートメント型の方がいいと思いますよね。

最近はクロスファンクショナル(部門間横断的な)プロジェクトも増えているため、固定座席ではなくて、フリーアドレス制を導入する企業も増えてきました。

このフリーアドレス制もコンパートメント型と同様チームの誰かがどこで働いていても気にならないカルチャーを醸成するのに寄与するので、それも現代人にとっては島型よりは良いと受け取られることが多いでしょう。

特にフリーアドレスでは、周りにいる人間が毎日違うので、自分のタイミングで帰っても、そもそも誰も気にしません、というか、気にしようがない。

結果として、付き合い残業もなくなるし、帰りに飲みに誘われる可能性も低くなります。

最近は、在宅勤務も増えてますし、そうなると毎日実際に会社に通勤するのは、全体の8割とかいう企業も多いでしょうから、そうなってくると、全員分の固定座席を用意すること自体がそもそも無駄じゃないか、と当然に考えるようになりますよね。

全員分のスペースを用意する必要がない=より少ないスペースで良い=経費削減、ということで、最近導入する企業が増えているというのもあるでしょう。

いずれにせよ、フリーアドレス導入の建前的な理由としては、社員間の縦横斜めの繋がり、わいがや(わいわいがやがやして自由闊達に議論が交わされるlivelyな空間)を誘発しやすい、とかなんでしょうけど、実際に導入してみると、建前的な目的はさておき、若手社員にとっては、上記述べたような島型の悪いところはなくなる(あるいは、薄れる)、ということで、意外とオフィスの快適度を高める要因になっているんじゃないか、と思います。

ゆえに、島型は即刻廃止すべきですね。この施策も実施にはほとんどお金はかかりません。

椅子や机はそのままで、フリーアドレスにしましたーって変えるだけです。楽勝ですよね。

社食はなくすが、スターバックスレベルのカフェは用意する(社割あり)

3つ目は、悪しき社食をなくすことです。

「悪しき??何を言ってるんだ、外に食べに行くよりは安くていいじゃないか、チーム内の交流を深める良い機会だし、なくすなんて馬鹿言ってるんじゃないよ」という声が多く上がるかと思います。

でもですね、それって99.99%若手社員には訴求しないstatementですよ。

自分の時間、自分の空間、というものが(会社の中であっても)侵食されることに、違和感を覚えるものなのです。

そして、その感覚って僕は人間としては極めて通常の感覚と思っています。

まあ色々考え方はあります、

「会社で働くってのは、一定程度の制限が会社から課せられて、その対価として給料をもらうってことなんだよ、自由を侵食される、なんてのは、会社で働く上での「前提」なの、もしそれが嫌ならやめればいいだけ、どうぞご自由に」、と考える人がいるのも理解できます。

実際問題、そのような価値観でこれまで伝統的日本企業は運営されてきたし、それで何の問題も生じていませんでした。

一方で、仕事は苦痛の対価ではなく、自分が与えられる付加価値の対価であって、その付加価値を提供できている限りにおいては、不必要な制限が課される理由はない。会社は付加価値を提供するために所属する単なる箱であって、それ以上でもそれ以下でもない、ましてやランチ時間なんて社員に認められた権利であって、会社都合で誰とどこに行くかなんか決められたくもない、そんな考えを持つ人も増えてきました。

何を言いたいかというと、要は色々な考えを持つ人が増えてきて、一つの価値観を押し付けて働かせるということが難しくなってきたということです。

自分がおかしいと思うものは、おかしいと思う(言う)し、嫌なものは嫌という、自分の感覚をごまかさない、若手社員は確実に増えてきています。

そして、昔と違うのは、こうしたおかしいと思ったことを吐露する場がSNSを始めとして、もういくらでもあるんですよね。そうなってくると、昔はまあ他の人も我慢しているし仕方ないか、で諦めていたことも、最近はやっぱりおかしいじゃんこれ!と言う風に気づくようなケースが増えているのですね。

こうした状況の中で、それでもなお上記冒頭のstatementを押し付けるのか、そこは価値観の多様化を尊重して、お互いhappyとなる道を探すのか、ということです。

まあ賢明な経営者なら、ここはですね、そりゃ価値観の多様化を尊重する方に傾くことでしょう。

で、じゃ、一体どうすればいいのか、というと、まず一つは社食をなくすことです。

社食は確かに安いし、チームの交流も深まるし、というのは事実なんですけど、若手社員ってこの社食利用が次第に心理的負担になってくるんですよ。

この辺りの事情は、過去にランチの作法詳細を書いたのでそちらをご覧ください。

そして、社食をなくすと、そもそも交流の場がなくなる、という批判の声も沢山でるでしょうから、その代わりにカフェを設けましょう。

そして、そのカフェは、スタバレベルに雰囲気、味が整っていることが重要です。

社食、カフェって一体何が違うんだ?と思う人がいるかもしれませんが、これは大きく違います。

社食はランチを食べる場所なので、「じゃ一緒に行こう」って流れでなりがちなのですよね。

一方で、カフェになると、自分のタイミングで行くことができますし、それこそ先輩や上司と交流したいときは、連れ添って行くこともできます。

つまりは個々人に選択権がある。特に会社のルールを強制されがちな若手社員にとっては、社食に比べて使い勝手が良い。

しかも、マーケティング的な側面からすると、スタバ以上のカフェが社内にあると、そもそもリベラルな匂いがするじゃないですか笑。

友達に言って自慢もできるし、グーグルを彷彿とさせるフラット感がでる。つまり、若手社員に強く訴求する。

その上で、社食を取りやめた分、カフェには補助金を入れて、外で買うより安く設定してください。

そうするとですね、若手社員も行こう、というモチベーションが高まりますし、先輩が一緒に行った時に後輩に奢る時に負担も小さくなる。

そんなの小手先の施策で本質的な課題の解決には一ミリも貢献していないじゃないか、と思うかもしれませんし、実際に小手先かもしれませんが、目的は若手社員の定着率を高めることですので、その目的を達成するためなら、小手先の施策でも効果があるなら、なんだってやるという気概が重要と僕は思います。

この施作も、高コストな社食をぶっ潰して、カフェを入れるだけですので、安くすむはずですね。

全国転勤を選択制にする

これはいうまでもないかと思います。

若手社員は地方が嫌なわけではなくて、自分の住む場所が会社都合で点々とする、という自らの住まいにおける将来の不確実性が嫌なのです。

一方、Web系企業・テクノロジー企業は、インターネットというグローバルなプラットフォームの上で働いている以上、少なくとも物理的に国内に複数拠点設置する意味はありません。

国を超えて、だと、各国で規制が違うので、きちんとオフィス建てないといけなかったりしますし、実際そうしていますが、国内だとまあアメリカくらい広ければ別ですけど、日本くらい狭いのであれば、東京にオフィス構えていれば、他に作る必要はない。

なので、社員の意思に関わらず全国津々浦々を点々とする、という働き方自体、伝統的日本企業特有のものだと言って良いのですよね。

じゃ、もう全国転勤で総合職採用している伝統的日本企業なんてオワコンじゃん、ということなのですが、これが必ずしもそうではないと僕は考えます。

というのも、別に地方で働く若者は僅少で、皆東京で働きたいと思っているわけではないんですよね。

価値観や生き方の多様化が進んだ結果、昔と違って上京することに特別な意味はなくて、地方にも地方の良さがあってそれを堪能できるなら、その地方で暮らしたいとピュアに思う人も増えてきています。

ですので、地域限定職のような形で、全国にオフィスはあるけど、基本的に転居を伴う異動はない、という職種を設ければよいだけ。

あるいは全国転勤を真に気にしない人は全国転勤あり、と選択制にすれば良い。

もちろん、東京と違って住居費が格段に安いので、給料は多少は低くする必要はありましょう。

ただ、本社でギリギリ詰められて競争的な環境で疲弊するよりは、地方でのびのび裁量をもってやりたい、ということもありますので、選ぶ人はそれなりにいると僕は思います。

この施策遂行によるコストも、職種を作ることによる手間はありますが、異動に伴う転居費用が減りますし、組織全体として転居による不満が出なくなる、という点でマイナスを補って余りあるプラスがありますので、プラマイネットするとほとんどお金かからないでしょう。

社員総体としての幸福度も上がるでしょうし、伝統的日本企業にも関わらず全国転勤がないという点は強みとして、外と差別化を図る要素となるでしょう。

これは利用しない手はないですよね。

チャットを導入する

これは、カルチャー的に最もハードルの高い施策かもしれません。

コスト的には正直大したことないです。だって、今の時代ほとんどメーラーにチャットくらい付属してますからね。既存の機能を解放するだけ。

それで、なぜカルチャー的にハードルが高いかというと、特に40歳以上の伝統的日本企業で働く人に多いのですが、「対面で打ち合わせしないと、失礼にあたる」との先入観を持っています。また、同様に、チャットで話しかけることは、対面で「失礼いたします」の一言なしに話しかけることと同じか、それ以上に失礼、との認識を持っています。

当然のことながら、チャットで会議、チャットで話しかけて課題解決、には、組織の上の人たちが難色を示す可能性が高い。

まあ正直な話、組織のトップらへんの人(部長以上)には、チャット制度は不要です。というのも、そんな下っ端からのチャットで時間を取られていたら、本当に注力すべき仕事に従事できないでしょう。現場の仕事には絡む必要はない。

ただ、部長より下の人には、おしなべて導入すべきですね。

なぜかというと、まず一つ目に、若手社員って対面の打ち合わせに至るまでの様々な暗黙ルール、その暗黙ルールが守れなかった時の制裁が嫌なんですよね。

なぜわかるかというと、僕がとても嫌だったからです、この感覚は今も忘れていません。

実際に打合せに至るまでの暗黙ルールとは、例えば以下のようなことです。

  • 打合せ資料のドラフトが出来上がったら、先輩にレビューしてもらう
  • 上司と打合せる日程を先輩と調整
  • 当該日程の前日までに資料を完璧に仕上げ、誤字脱字がないことを確認。
  • コピーとりの作法に準じてコピーを取り用意
  • 打合せする場所に資料をセッティング
  • 打合せ開始、重くるしい雰囲気の時は、顔色を伺いながらプレゼンのトーンを調整
  • プレゼン後、曖昧なアドバイスを受けたとしても、その場で真意を問いただすことは無粋なので、打合せ後、先輩とその発言の真意を掴むべくディスカッション
  • 推測した真意を基に資料を修正して、また上の一番はじめから繰り返し

打合せ一つとっても、めちゃくちゃ面倒くさいし、敷居高いんですよね。

だったら顔を合わさないチャット会議の方が効率的だし、学びも多いじゃないかと。

チャットだと記録に残るし、曖昧なことをいっていたら、とびきりバカに思われるので、上司も明確なアドバイスしかできなくなります。

部下も上司の発言の真意を汲み取って、とかいう、クイズ番組の回答者をしなくてよくなる。

また、口頭で面を向かって言われるとイラっとすることも、文字に起こすと客観的に捉えることができる、というのもありますよね。

というわけで、チャットを導入すると若手社員は喜ぶし、上記のような暗黙ルールも減るし会社全体の生産性も上がるということで、導入すべきじゃないかと思うわけです。

業務のマニュアルを用意する

実は僕はこの点が伝統的日本企業における弱みであるとともに、若手社員が伝統的日本企業を忌避する要因として強く作用しているのじゃないかという仮説を持っています。

伝統的日本企業の総合職には、基本的にはマニュアルがありません。

ほとんど全ての作業は、先輩や上司から口頭で引き継がれます。OJTとか言って、欧米の言葉を取り入れてるものの、その実態としては、先輩、上司が仕事をしている様を実演、口頭で説明してもらい、若手社員はそれを必死にメモし、次回以降はそのメモと記憶を頼りに作業を間違わず、質問せずに当該タスクを遂行することを指します。

なぜマニュアルが用意されていないのかというと諸説あるのですが、まず1つはそのOJTの現場も若手社員の実力を精査する良い機会だから、というものです。

なるほど、敢えてマニュアルを用意せず、口頭での説明に留めて、その場での理解やメモの取り方、その後の作業の進め方、と言った社員としてどれくらいの資質があるのか、試すのには丁度良い、というのは一理あります。

しかし、僕は所詮は口頭で教えられるレベルの作業を、わざわざメモを取らせて、事後的な質問をさせず、ある種のプレッシャーを与えて人を働かせる仕組みがこの時代に効率的だとは思いません。

そのメモを書く時間も毎回無駄だし、一度話したことは質問させないという姿勢を見せることで、プロとしての自覚を育むのかもしれないけど、質問することを躊躇した結果、作業を誤る確率が高まるのであれば本末転倒でしょう。

2つ目の理由としては、マニュアルを用意すると、所詮はマニュアルでやる程度のことしかやっていないんだな、と若手社員に舐められることを危惧して、敢えて口頭で伝えるようにしている、というものです。

これもですね、そんなことで先輩の権威を示しても今の若手社員は別に敬意を払いませんよ。

目で盗め、背中を見ろ、は、匠の世界では、まあ普通なのかもしれないけど、それを普通の企業に持ち込んではいけないでしょう。

なぜいけないかというと、目で盗め、背中を見ろ、のやり方だとインプットする時間と労力と比してアウトプットが少なく、非効率だからです。

限られた時間で限られたリソースで、競合より早くアクションを実施して、金を生み出さないとグローバルな資本市場からは、退場しないといけないこの世の中、そんな余裕がどこにあるんだ、という話です。

一方、欧米の先進企業では、割とかっちりマニュアルが用意されています。

それはなぜかというと、人材流動性の高い(やめる人、クビになる人が多い一方、中途採用も多い)労働市場だと、マニュアル化して頭を使わない作業は誰でもできるようにしておかないと、仕事が回らないんですよ。

三年に一度転職することが当然となっている労働市場においては、そんな口承伝術の美学に酔いしれてる暇はないです。

隣のやつはいついなくなるかわからないし、いつできの悪いやつがくるかもわからない。

マニュアルに落とし込んでさえおけば、「最低限これだけやってれば仕事は回る」というレベルのタスクは、大方誰でもできるようになります。

また、マニュアルに落とし込めるところは徹底的に落とし込みルーチンにすることで、本当に頭を使うべき部分だけに時間を使う、という働き方が可能になります。

かくして、人材がどれだけ入れ替わろうとも、成果物の質が変わらない仕組みができているわけですね。

誰でもマニュアルなしに頑張ればできるはず、という根性論を前提に組織設計がなされている伝統的日本企業と、そんなに誰もが頑張れないから誰でも一定の成果が出せるようにマニュアルがあるべき、という現実を直視して組織設計がなされている欧米先進企業。

まあ僕は、実は伝統的日本企業のやり方も嫌いじゃないし、頑張ればできるはず、というスタンスで本当に頑張れば、部門を超えて好きな仕事もやらせてくれるし、上に引き上げてもくれるという意味では悪いことばかりではないのですが、資本市場において生き抜くための組織設計上どちらが優れているかというと、マニュアル化が進んでいる欧米先進企業でしょう。

そして、若手社員は、組織での仕事の進め方、その組織でどれだけ成長できるかについては嗅覚が鋭い(SNSやニュースで他の会社の働き方なんかはいくらでも流れてきます)ので、なんでもかんでも頑張れ、目で盗め、体で覚えろ、というのは、どうにも響かないどころか、もっと頭使えば効率的に進むのに、なんでこんな口承伝術で業務が引き継がれているんだ?と素直に疑問を感じるものなのです。

ですので、社内のあらゆるルーチンはマニュアル化を進めましょう。

更に言えば、その上で、広報誌か何かで、

「当社では、社員に本当に頭の使って課題を解決していただきたいので、それ以外のルーチンについては、全てマニュアル化をしてすぐに成果を出してもらえるよう環境整備をしています。定例的にやるべきこと、については、すべてマニュアル化されており、そのマニュアルを読み込めば、慣れれば誰でも同じ成果物を作ることが可能です。しかし、注力して欲しいのは決まり切ったことを正確にする能力を極限まで磨くことではなく、解が定まっていない課題を自分なりのやり方で解決することなのです。それこそが、社員に生み出してほしい付加価値であり、それ以外のことには極力時間も頭も使わないでほしいと思っています」

とでも、言えれば、見方が変わること間違いないです。

最後に

さて、若手社員を引き留めるために伝統的日本企業が取るべき施策は明確かつ明白です。

  • 社外と関わらない限り服装自由化
  • オフィスの島をなくせ
  • 社割で買えるスタバより良いカフェを社内に作れ
  • 全国転勤を選択制にしろ
  • チャットを導入しろ
  • どうでも良い仕事は徹底的にマニュアル化しろ

本気でやろうとしたら、半年あればできます。

しかも、これらの施策の何が若手社員に訴求するか、というと、どれもバズる要素を備えている、伝統的日本企業がここまで!というギャップが大きくて若者のアテンションを引きつけるんですよね。

また、インスタ映えするというのもあります。服装自由化、島をなくす、カフェ作る、チャット導入、なんかは、視覚的に目立つんですよね。

かつ、この施策だけは、SNSでの共有もOK、と社内規則を変えてください。

Twitterでのつぶやきも勿論OKです。

そうすると、この企業、本当に「見た目だけは」めっちゃ先進的じゃん、伝統的日本企業からの脱皮、とか色々ポジティブな評価が出ると思いますよ。

僕は最初の段階では、仕事のやり方や、業務の内容自体を変えることを提案しません。

なぜなら、外形だけを合わせるだけでも伝統的日本企業社員にとっては、相当なストレスというか違和感を感じるはずだからです。

しかし、一旦、このスタイルに慣れてしまえば、もう元には戻れない。なぜなら、この方が楽で快適だからです。

見栄や慣習といったしがらみから解き放たれたスタイルだからです。

そして、元には戻れなくなったところで、業務の内容や官僚的機構、等々、一筋縄ではいかない部分に手をつければいいのです。

何事も一足飛びには物事は進みません。もちろん、原理的主義的な立場からは、そんな生半可なことではいけない、ということなのですが、世の中の多くのことは1か0で片付けられることばかりではなく、0.2や0.3といった中途半端な値が許容されるからこそ、なんとかかんとか人は前に進んでいけるのだと思います。

中途半端ならやらない方がいい、なんてことはないのです。

やらないよりはやった方がまし、しょぼくてもやった方がましです。

なので、例え、見た目だけ、所詮はみかけ、はりぼて、やった気になっているだけ、色々言う人はいるのかもしれませんが、実際やってみたら驚くほど離職率下がると思いますよ。