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たったこれだけ、部下に慕われる上司になるためのシンプルな方法

geralt / Pixabay

能力と人格で、本当に良い上司かどうかを判別できるのか

僕も含めて部下として働いている皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
中には、恵まれないボスの下で働いている方、人格者であり仏のようなボスの下で働いている方、様々な人がいるかと思います。

今回は、このボス(上司)について、論じてみます。

僕はまだ後輩はいても、部下は持っていないため、あくまで部下目線で上司について語るということです。

上司について語る場合、というか、何かを論じる時には、一般的には、2軸で切って4象限で分類するのが良いと考えられています。

一つ目の軸は、仕事の有能さ、です。つまり、ボス個体がビジネスパーソンとして優秀であるかどうかです。

この場合の優秀であるかどうか、というのは、自分で全ての物事を行うというブルドーザー的優秀さのほかに、人を上手く使って仕事を回す、というマネジメント的優秀さも含みます。更には、組織内のパワーバランスを踏まえた立ち回りや、政治力も備えているに越したことはないでしょう。

いうまでもなく、一般的には上司は優秀であれば優秀であるほどいいと思われています。そりゃ、優秀な上司の方が、間違いない方に自分を導いてくれるし、指示も的確で、上へのアピールもうまい、自分を引き上げてもくれる。

上司を語る上で、その能力を抜きにして語るなど難しい。というわけで、一つめの軸が能力です。

二つめの軸が人格です。

一般的に人格が優れている上司は、良い上司とされますし、部下から愛されます。

人を人とは思わず手柄は横取りしてミスは押し付ける、人が苦しんでいる様を見て喜ぶ、そんな上司には誰も従いたくないでしょう。

それよりは、自分の成長を第一に考えてくれ、部下の状況を慮り、ミスをすれば守ってくれる、そんな上司の方が良いに決まっているでしょう。

能力、人格、この二つの軸で上司を評価することが、世間一般では当然とされ、これらの軸で評価する、二軸でとった場合の右上の象限が理想の上司と考えられ、そのほかの象限の上司を持った場合の対策が、そこかしこで語られ、本まで沢山出ています。

実際はそんなに簡単に良い上司かどうかわからんだろう

しかし、本当にこの二軸で評価する手法は正しいのでしょうか?何か見落としている点があるんじゃないか?

特に日本の労働慣行、労働市場の特性を鑑みた場合、必ずしもこの2軸が上司を評価する指標とはならない、というのが私の見方です。

まず、第一に仕事の有能さ、ですが、実はこれは一長一短あると思います。

長所としては、上司が能力的に優秀であった方が仕事が早く回るということ、チームそのものが評価されやすいということです。

ただし、この長所は短所と表裏一体です。

まずは、上司が仕事ができればできるほど、案件を手前で捌いてしまって、いい感じの生煮え度に調理した後で、下に落ちてきます。

この完全生の状態から生煮えの状態まで持っていくのが、実は仕事をする上で最も難しくてスキルを要する部分なのですよね。

具体的には、組織横断的な案件の場合、まずは部門なりチームの代表が会議に出ていって、この案件のうちここまでの部分はうちでやって、あそこは違う部門がやって、ここはコワークして、と、正直一番面倒くさくて能力を要求されるのは、手前の捌きだったりする。

その意味では、はっきり言ってその案件を実際に進める段、つまり部下に指示として落ちてきている時点で、難しさの半分以上は解消されているとも言える。

つまり、ビジネスパーソンとして一段階上に成長するための機会が損なわれる。

次に、その成長機会が損なわれているにもかかわらず、できる上司は部下に良い気分にさせることもうまいため、成長機会を逸していることに微塵も気づかせない。

むしろ、「お前のおかげで今回の仕事うまくいったよ。」、「この仕事はお前じゃないとできないよ、頼りにしてる。」とか、熱い目で言うわけです。

その結果、部下は、今のままで何も問題ないという現状維持バイアスが強くかかるようになります。Life is easy, why should i change?と言うやつです。

次に、人格ですが、これも何を持って良いか、と言うことにつきますが、少なくとも部下の仕事の質に事細かくギャーギャー言う人間を、人格者の上司だ、とは世間一般では言わないでしょう。

どちらかというと、優しさ、とか、人当たりの良さ、とか、そういう意味合いで使われているケースが多いのではないでしょうか。

しかし、これもですね、やはり一長一短あると思います。

まず、人当たりが良かったり、人のことを慮ってくれる人って、激昂とかしないわけじゃないですか。

そうなると、基本的に理性的で、常軌を逸した行動をとる人ではない、ということになりますが、はっきりいって世の中ってどちらかというと常識では通用しないことだらけで、さらに言うとビジネスの現場では、常識が通用する局面のほうが珍しいとか、それくらい異常値に触れることが多いわけです。

そうなると、その上司に仕えて一生を終えるのであれば、その異常値対策をしなくてもよいですけど、実際にはその上司は数年で去り、次に来る上司がまさにその異常値である可能性があり、その場合に困るんじゃないか、ということです。

なぜなら、非合理的なまでに攻撃的な行動、言動が多い人っていますから、そうした人への対処の仕方、それでもなお仕事を前に進めなければいけない場合のやり方、ノウハウの蓄積がおろそかになる(そして、おろそかになったまま、歳をとる)という側面はあるでしょう。

以上から、有能さと人格は、必ずしも良い上司・悪い上司を示す指標としてはいけません。

自治権とネットワークがキーである

じゃ、具体的には、どのような指標でお前は評価するのか、と問われますので、ここから僕が考える上司を評価する時の指標をお話しします。

まず、第一に、仕事はできてもできなくても良くて、重要なのは部下に判断させてくれるかどうか、その自治権を与えてくれているかどうかです。

もちろん、その判断の責任は、上司が取る必要はないと、僕は考えます。

そりゃ、判断させてくれ、とかいうて、間違った時は、上司に泣きつくなんて都合の良い話はないでしょう。手前のケツは手前で拭くの精神です。判断をさせてもらえる時点で、ちゃんと腹を括れ、と。そういうことです。

しかし、仕事が超絶にできる上司は、このあたりの腹括りを部下にさせるのは、かわいそうだとか、そこを守るのが上司の役目だとか、そう言うふうに思っていることが多いのです。

というか、実際に上司が直接動いて尻拭いしたり、判断する前にレビューしたり、サポートしたりとかしてくれるんですけど、結果、判断の責任を全て負っているという前提でなお判断をする、腹を括る、という機会が部下からは喪われる。

いや、そんなマネジメント的なスキルは管理職になってからでよくて、部下は部下としてそれなりに手を動かして入れば、それで十分なの、という考えもありますが、それだと会社で一生働く分には良いかもしれませんが、何かの拍子で自営業に踏み出した時に、困るでしょう。

当たり前ですけど、自分で判断して自分で責任取る、「しか」ないわけですから。

なんで、会社に一生面倒見てもらうという、そう言う腹の括りをして、将来のテールリスク(確率は低いが起こると影響度が甚大なリスク)の示現については、見て見ぬ振りをする、というのは、リスク管理の観点からいってあまりに拙いと言わざるを得ません。

そうしたリスクが起こった時の行動指針があるからこそ、より大胆にリスクを取りに行けるのでしょう。

何もわからぬまま、そんなことは起こることがないと高を括り、オーストリッチ症候群に陥る、というのは、単なる野放図な冒険でしかない。

やりたいことを実現させる意志を強くもっているからこそ、テールリスクも想定し、万全とは言わないまでも、心算はしておく、それくらいはリスク管理上避けてはいけない、プロセスだと思います。

少し話しが逸れましたが、20歳であっても、25歳であっても、30歳であっても、腹をくくって自分で判断して行動を起こして、その行動の責任を負う、ということをリアルに理解することは必要なのであり、避けてはいけないことなので、これを身につけるには早いに越したことはないだろう、と。そう言う考えを僕は持っています。

ゆえに、上司を評価する時に重視する一つ目の軸は、判断をさせてくれるかどうか、その判断の責任を部下に負わせてくれるかどうかです。

ですので、仕事は、できなくても全然構いません。

僕も働き始めた頃は、仕事ができる上司が、良い上司の必要条件というふうに思っていましたが、何年か働くうちに、実は仕事ができない上司のほうが、むしろ良い上司のこともあるんじゃないかと思うようになりました。

というのもですね、伝統的な日本の会社って年功序列じゃないですか、あと給料も同年代ではどんなにうまくやっても変わらないですよね。

それこそ、でかいミスしたって給料が下がるわけではない、いやむしろ若い頃にしたでかいミスは武勇伝的に扱われて、肝が座ったやつ、とかリスクをとって行動できるやつ、とか逆に評価されたりする。

で、年功序列だからですね、上司が全部やっちゃうと、部下には仕事の肝の部分って回ってこないんですよね。

しかも、ミスっても別に給料が下がるわけでもないし、単に烈火のごとく怒られるくらいでしょう。

それなら、手を挙げたらどんどん任せてもらえる上司のほうが、めちゃくちゃ仕事ができるけど全部自分で管理したい上司のほうが良いですよ、きついですけどね。

自分の成長だけを考えれば、絶対にその方が早く成長するし。どぎつい社内調整とか、トップレベルの方針づくりとか、プロジェクトマネージャーとか、1年目からやるに越したことはないですし、やらせてくれる上司が良い上司だと僕は思います。

そして、やらせてくれるなら、別に上司自身の仕事の有能さなんてはっきりいって全然関係ないですし、有能ではないがゆえに任せてくれるなら、有能でない方がいいとさえ思うくらいです。

キチキチ管理されるくらいなら、自分が管理した方がましです。

ですので、改めて述べると、良い上司の条件は、自分に判断させてくれること、その判断の責任も自分に取らせてくれること、腹をくくらせてくれること、これが一つ目です。

二つ目がですね、上司のネットワークを快く使わせてくれるかどうかです。
ネットワークというと、社外・社内双方のネットワーク(人との繋がり)ですね。

大企業には、「下っ端から頼まれても絶対にYESとは言わない」というカルチャーがはびこっています。

それがどんなに正当な意見であっても、部下は、きちんとラインの上司に話を通して、キーパーソン同士で部門間の調整を進める、という不文律があります。

ここでは、その是非は問いません、それだけで一つのエッセーになってしまうので、そういう事実があるという前提で話を進めます。

そうなると、部門を跨る・会社を跨る案件を部下が主導して進めようとすると、どうしても、この「部門間のやりとり」、「社外とのやりとり」で進捗がスタックするんですよね。

それで、更に悪いことに、このキーパーソン間のネットワークを容易には使わせてくれない人と、使わせてくれる人、がいるのです。

実はですね、この上司のネットワークにコンタクトできる権利というのは、単に仕事が早く進む、というだけでなく、他にも様々な良いことがあります。

例えば、他の部門・他の会社の上の人に顔を知ってもらえることです。普通に働いていると、同世代の人間と肩を並べて仕事をする機会が多いわけですが、上司ネットワークに常日頃触れていると、上の世代にも顔と名前を知ってもらえる。

一度知ってもらえると、それ以降は、「ああ、いつもいるあいつね」的に、スムーズに仕事が進むし、異動の時なんかは、「あいつならいいんじゃないの」という絶大な効力をもつ(それはそれで問題だが)一言を引き出すことができる。

つまり、組織内で働くコスパが良くなるんですよね。

社外ネットワークは、さすがに引き抜き、というのはないでしょうけど、違う会社の上の人から、「いやぁ、彼は仕事できますね」とか言われると、自分の上司は誇らしいし、社外という客観的な第3者からお墨付きを得たようなものなので、むしろ社内の評価が上がる、ということが起こります。

これが、上司ネットワークに一切触れさせてくれないと、どうなるかというと。

端的に、成果をぶんどられますね。

だって、他からは、その上司の顔しか見えないわけですから、その下で誰が動いているのかわからないし、「部下が本当に使えなくてねぇ、困るんですよ。結局、これは全て私がやりましたよ。」(そこまでいう人は少ないと思いますが笑)と言われると、評判が下がることさえある。

というわけで、二つ目の要素がネットワークということでした。

まあ良い上司の要素は、自治権とネットワークという二つ、ということですが、じゃどれくらいの上司がこの2つの条件を持っているかというと、そんなに多くないんじゃないかと思います。

なので、部下としてとりうる手段としては、単にその現状を嘆くのではなく、上司がその2条件を兼ね備えるためには徐々にeducate(教育)する、ということなんじゃないでしょうかね。

あとは、既に2条件を兼ね備えている上司の下で、選択的に働くことですね。

自分の行きたい部門に行くには、相応の戦略が必要になりますので、これは既に過去にお話しした話を参考にしていただければと思います。